1001号 労働判例 「国・大阪中央労基署長(ノキア・ジャパン)事件」
(大阪地裁 平成23年10月26日 判決)
24時間のオンコール体制下で就労していた事務所長のくも膜下出血の発症・死亡につき業務起因性ありとされた事例
事務所長のくも膜下出血の発症・死亡と業務起因性
解 説
〈事実の概要〉
本件は、携帯電話の通信ネットワーク事業等を営むZ社の大阪事務所長であったKが、Z社の本社での会議終了後、接待先の居酒屋で脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症して死亡(当時56歳)したことにつきその妻X(原告)が上記死亡につき業務起因性ありとして、労災補償給付を不支給とした処分の取消を争った事件である。Z社の大阪事務所では、関西地区のC社のネットワークセンターにおいて通信障害が発生した場合に対処したり、C社にかかる無線基地局の設置工事プロジェクトを遂行すること等を業務内容としていた。
本件で、原告と被告の主張はかなり多くの点で次のように食い違っていた。、@始業時刻について、原告は遅くとも午前8時45分ころとしたのに対して被告は、午前9時ころとする。Kが管理職であり、勤務時間は自己申告であるうえ、正確に出退勤時間を申告していなかった。A終業時刻につき、原告は内勤の場合は早くとも午後10時、業務性を有する接待業務がある場合少なめに見ても午後10時としたのに対して、被告は、平均して午後8時(接待に要した時間のうち、労働時間として認められる合理的な範囲は開始から2時間程度)、B出張の移動時間について原告は、新幹線等の移動の車中のいてパソコンで業務をしており、業務起因性を認めるに当たって労働時間として認めるべきであるとしたのに対して、被告は、移動中は実作業を伴わず、拘束の程度も低いから通常の業務負荷と同一ではないとした、C休息時間のトラブル対応について、原告は月10時間の負荷があったとしたのに対して、被告は4月22日に20分、6月22日に1時間40分の対応があったのみであるとした、D発症前6か月について業務の量的過重性についても原告と被告には41時間(発症5か月前)から97時間余り(発症3か月前)の差が見られる、E業務の質的過重性について原告は、Kの業務は精神的緊張を伴う上に、おや会社の理解を得ることやC社の都合からコントロール度も低く、裁量性も狭かった、また、24時間のオンコール体制下で、就寝中の電話やメールによって中途覚醒を強いられるなど睡眠の質が低下したと主張したのに対して、被告は、早朝、深夜、休日に受信したメールには返信していないし、常に緊張を強いられていたとはいえないとした。
〈判決の要旨〉
裁判所は、労働者に発症した疾病等が業務上というためには、業務と疾病等との間に相当因果関係があることが必要であるとの前提のもとで、(1)接待等の業務起因性について 、次のように述べる。一般的に接待について業務との関連性が不明であることが多く、直ちに業務性を肯定することは困難であるとしながら、Kの場合、@顧客との良好な関係を築く手段であり、会社もその必要性から業務性を認めていた、A協力会社への無理な対応をお願いする立場であり、必要性があった、B会議では議題にしにくい技術的な問題点を具体的に議論する場であった、CC社の関係者が、Kから本音で込み入った技術的な話を聞く場として会合を位置づけていた、K自身は酒が飲めず、会食や接待が苦手であったが、業務の必要があると判断して参加していた、D週に5回ぐらいあり、9か月で48回が交際費として請求されていたなどの事実を認定し、関係者との飲食はそのほとんどが業務の延長であったと推認される、と。(2)業務の量的過重性についてはほぼ原告主張の通り を認め、(3)業務の質的過重性について、Kの場合、@24時間いつでも対応しなければ ならない状態に置かれていた、A顧客であるC社のネットワークセンターに比較的近い所に住居を選定していた、等の事実から、Kは、24時間のオンコール体制下で不規則な勤務状態にあったとした。また、Kの場合、(4)出張先での会議でC社から厳しい注文を受 けていたし、出張先での会議終了後の飲食を伴う接待を受けていたから、出張による精神的負荷は大きかったと評価されている。そして、結論としてKの死亡は、Kに係る血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪した結果発症したものであり、Kの疾病発症・死亡と業務との間には相当因果関係があるとした。週に5回ぐらい行われていた飲食を伴う接待や会合に要した時間が業務の量的過重性に含まれたこと、保守管理の責任者として24時間電話対応が求められていたため睡眠の質が悪化したことが業務の質的過重性で考慮されたことが結論を左右したといえる。
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