1008号 「学校法人専修大学事件」
(東京地裁 平成24年9月28日 判決)
休職期間満了後になされた打切補償による解雇が無効とされた事例
打切補償による解雇とその有効性
解 説
〈事実の概要〉
本件は、Y大学が、業務上疾病(頚肩腕症候群)により療養のため休業中で労災保険給付(療養・休業補償給付)を受けているXに対して、その休業期間満了後に、Yの災害補償規程に基づき労基法所定の打切補償を支払って行った平成23年10月31日付けの解雇(「本件解雇」)は解雇権の濫用に当たらず有効であるとして、同日以降の地位不存在の確認を求めて本訴を提起した(これに対して、Xは、本件解雇は労基法19条1項本文に違反して無効であるとして地位確認ならびに遅延損害金の支払いを求める反訴を提起していたが、Yは上記訴訟を取り下げたため、本件は上記反訴請求に関する事案である)。 Xは、平成9年3月31日、Yを卒業してYの職員になったが、平成14年3月頃より、肩こりの症状を訴えるようになり、平成15年3月13日、E協会Fクリニックで頚肩腕症候群(以下「本件疾病」)に罹患しているとの診断を受け、同年4月以降、本件疾病が原因の欠勤を繰り返すようになった。
平成15年5月1日、YはXをD課からH課へと異動させたが、Xの欠勤は継続し、15年6月2日に至っても本件疾病の症状に改善の兆しはなく、Yは、同日までの欠勤については有給休暇として処理し、同月3日から平成16年6月2日までの欠勤については就業規則の定める私傷病による欠勤とし、16年6月3日からの1年間につきXを私傷病休職に付した。
Xは、私傷病休職中に症状の改善が進み、就労可能との診断を受けたので、平成17年5月13日復職し、同年6月3日、YはXを入学センターインフォメーション業務に従事させたが、同年12月、完治していなかった本件疾病により上記業務に従事することができなくなった。そのため、18年1月17日から長期欠勤を余儀なくされ、19年3月31日、Xは一旦Yを退職した。
その後、平成19年11月6日、中央労働基準監督署長は、平成15年3月20日の時点でXの上記疾病について業務上であると認定したため、これを受けてYは、平成20年6月25日、上記19年3月31日付けの退職を取り消し、同日に遡ってXを総務付として復職させた。しかし、その後もXの症状にほとんど変化がなかったため(その間、Xからのリハビリ就労の要求等があったが、Yは職場復帰は不可能として拒否している)、平成23年10月24日、Yは、Xの職場復帰は不可能であり、本件災害補償規程にいう「休職期間を満了しても、なお休職事由が消滅しないとき」に該当するものとしてXの解雇を決定し、平均賃金の1200日分の1629万円余を支払って、同月31日付けの解雇の意思表示を行った。
〈判決の要旨〉
裁判所は、労災保険の給付体系は、労基法による災害補償制度から直接に派生したものではなく、使用者の補償責任の法理を共通の基盤としつつも、基本的には並行して機能を有する独立の制度であるとの理解に立った上で、次のように判示する。すなわち、@「労災保険給付を受けている労働者」と「労基法上の災害補償を受けている労働者」を同一視し、その取り扱いを等しいものとする必然性はない、また、A労基法81条は、単に労基法19条1項本文の解雇制限を解除するための要件(私法的効力)を定めるだけではなく、処罰の範囲を画するための要件(公法的効力)でもあるから、労基法81条にいう「(労基法)75条の規定(療養補償)によって補償を受ける労働者」の範囲は、原則として文理解釈によって決せられるべきである(罪刑法定主義)とし、労災保険法上の療養補償給付を受けているだけの労働者は、労基法81条にいう労働者には含まれない、したがって、労災保険法上の療養補償給付を受けているだけの労働者は労基法81条の打切補償の対象から排除されているとした。その結果、Yが、打切補償として平均賃金の1200日分の1629万円余を支払ったとしても労基法19条1項本文の解雇制限は解除されないことになると。
労基法の災害補償は、現在そのほとんどが労災保険の給付として行われているが、本件判旨のような考え方をとると、労災法19条による傷病補償年金が支払われている場合は別にして、労基法19条1項本文の解雇制限は解除されないことになる。労災保険の給付と労基法19条の解雇制限の関係を改めて考える必要があろう。
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