1030号 労働判例 「X社事件」
(東京地裁 平成24年12月28日 判決)
会社による内定辞退の強要に基づく損害賠償責任および
内定者の内定辞退を理由とする損害賠償責任のいずれも否定された事例
内定辞退の強要の有無と内定者の内定辞退を理由とする損害賠償責任
解 説
〈事実の概要〉
本件は、被告の採用内定を受けていた原告が、被告から違法な黙示の内定取消または内定辞退の強要を受けたことにより内定辞退の意思表示を余儀なくされたとして不法行為に基づく損害賠償を求める本訴を提起したのに対して、被告が原告に対して、原告の内定辞退は著しく信義則に反するとして不法行為または債務不履行に基づく損害賠償を求める本反を提起したものである。
本件では、3回にわたって行われたプレゼンテーションの実演内容が不出来でC課長から「辞めろというわけではないが、このままやる気がない態度なら、他の内定者に悪影響だ。」「4月1日からはとりあえず一人で営業に出てもらいますけど、あなたは仕事を取ってこれないから」「1日で辞めるかも」などといった暗に内定辞退を促しているかのような発言がなされていた。その後、原告は本件就職留年手続きをとったが、その報告を被告に行わず、本件内定辞退の申入れは入社日の直前にまでずれ込んで行われた。
〈判決の要旨〉
1 内定辞退の強要に基づく損害賠償請求の当否
本件労働契約のように、入社日を契約の効力発生の始期を定めるものと解した場合、使用者が内定期間中に実施する研修等は、その業務命令に基づくものではなく、あくまで就労の準備行為の一つとして、内定者の任意の参加意思(同意)に基づき実施される性質のものであるから、参加内定者の予期に著しく反するような不利益を伴うものであってはならない。
そうだとすると、本件各プレゼンテーションの実演内容が不出来で、一定のレベルに達しないものであったとしても、そのことを理由として内定を取り消したり、内定辞退を強要する行為に及ぶことは許されず、本件各プレゼン研修に当たっても、そのような行為に及ばないように配慮すべき信義則上の義務を負っているものと解され、かかる中義務に違反する場合には、不法行為に基づく損害賠償責任を免れない。
上記事実関係で見たような内容のプレゼン研修におけるC課長の発言は、あまりやる気の感じられない入社目前の原告に対して、危機感を募らせ、あらかじめ入社後に予定されている営業活動の厳しさにつき体感させることを目的として行われた指導的な発言にとどまるものと認めるのが相当である。
2 内定辞退に基づく損害賠償請求の当否
本件内定は、平成23年3月にS大学を卒業することを停止条件として成立している。そして、このような本件内定の特殊性にかんがみると、入社日までに上記条件成就を不可能ないしは著しく困難にするような事情が発生した場合、原告は、信義則上少なくとも、被告会社に対してその旨を速やかに報告し、然るべき措置を構ずべき義務を負っているものと解されるが、その一方で、労働者たる原告には原則として「いつでも」本件労働契約を解約し得る地位が保障されているのであるから(民法627条1項)、そうだとすると本件内定辞退の申入れが債務不履行または不法行為を構成するには、上記信義則上の義務に違反する態様で行われた限り、原告は、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償の責任を負うことになる。本件で、原告が本件就職留年手続きの申請報告を行わず、本件内定辞退の申入れが入社日の直前までずれ込んだことを重くみるのは、社会経験の乏しい原告にとって酷にすぎる。したがって、本件内定辞退の申入れが信義則上の義務に著しく違反する態様で行われたとまでいえない。
本件は、使用者側の責任も内定を得ていた労働者(学生)の責任も、両方とも否定したものであるが、採用内定に関する損害賠償責任を問題になった初めての事例として注目に値する。
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