1132号 労働判例 「マンボ−事件」
(東京地裁 平成29年10月11日 判決)
使用者の固定残業代の主張を認めず、原告の割増賃金請求を認容して、1212万円余の支払いを命じた事例
固定残業代と割増賃金
解 説
〈事実の概要〉
本件は、インタ−ネットカフェ−、漫画喫茶、ネットル−ム等を運営する会社であるY(被告)に対して、Yとの間で労働契約を締結し、Yの本店で夜間の電話対応や売り上げの集計業務に従事していたX(原告)が、@割増賃金の支払い、A賃金減額を受けたが、その有効性を争い、その減額分の支払い、B労基法114条の付加金の支払い、CYの雇用保険、健康保険、厚生年金保険の届出義務の懈怠のより、健康保険からの給付を受給できないという不安な状態で就労することを余儀なくされたことにより精神的苦痛を被ったとして慰謝料等を求めていたものである。
本件での最大の争点は、いわゆる固定残業代の有効性である。すなわち、Xは、労働契約を締結する際に、時間外割増賃金、休日割増賃金、深夜割増賃金について、実働時間の基づいて計算・支給されるのではなく、当時の就業規則に基づき毎月定額で支給されることを了承すること等を内容とする誓約書に署名・押印していた。採用面接時には、賃金総額30万円であると説明されていたが、平成24年2月の賃金額は47万円であった。Yは、支給明細書上、その15分の8を基本給1とし、その残りの15分の7を超過勤務手当(以下「本件固定残業代」)として支給していた。Xの就労は、Yの定めたシフトにより、午後10時から翌日の午前10時まで(うち休憩時間1時間)、あるいは午前10時から午後10時まで(うち休憩時間1時間)、となっていた。この点について、Yは、支給明細書に、基本給と超過勤務手当が明確に区分され、Xに支給される給与総額が1日12時間シフト(休憩時間1時間)、週休1日の労働の対価としての支払いであることはXも認識しており、超過勤務手当が週26時間分(週40時間を超える部分)の残業代に相当することは明らかであるから、週26時間分の残業代の弁済として有効である、仮に、本件固定残業代に関する合意が、月45時間を超える残業を予定していたことから無効になるとしても、当該合意が強行法規に抵触しない意味内容に解することは可能であり、かつ、それが当事者の合理的意思に合致する場合には、そのように限定解釈することが相当であり、当事者の合理的意思からすれば、少なくとも36協定により合意された月45時間分の残業に対する割増賃金を固定残業代の形で支払う旨の合意であると解釈するのが相当である、と主張していた(以下では、紙数の関係で、固定残業代の問題のみ取り扱うことにする)。
〈判決の要旨〉
裁判所は、本件固定残業代の有効性に関して、次のように判旨する。Xの採用面接時の担当者であったCは、同面接時に、Xに対して、勤務条件について、休憩1時間を含めた1日12時間シフトの週6日勤務で、賃金総額30万円である旨説明をしたにとどまり、賃金総額30万円のうちどの部分が固定残業代に当たるのかについて説明はしていなかった。同説明のみでは、賃金総額について、通常の労働時間の賃金にあたる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができず、Xが同説明を受けた上で労働契約を締結したとしても、Yとの間で有効な固定残業代に関する合意をしたということはできない。また仮に、本件固定残業代に関してXの同意があったとしても、36協定の締結による労働時間の延長限度時間である月45時間を大きく超える月100時間以上の時間外労働が恒常的に義務づけられ、同合意はその対価として本件固定残業代を位置付けるものであることからすると、36協定の有効性にかかわらず、公序良俗に反して無効であるとする。そして、割増賃金と賃金減額分に係る未払賃金として999万円余(遅延損害金を含めて1212万円余)を認容している。
残業代込みで賃金を支払う、定額残業代(定額給制度)については、少なくとも、割増賃金に相当する部分を明確に区分することが求められること(明確区分性、テックジャパン事件(最1小判平成24・3・8)参照)を、使用者は認識すべきであろう。
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