1158号 労働判例 「九州惣菜事件」
(福岡高等裁判所 平成29年9月7日 判決)
定年前の賃金と比較して大幅な賃金切り下げを伴う定年後再雇用の提案・申し出が
不法行為を構成するとされた事例
大幅な賃金切り下げを伴う定年後再雇用の提案と不法行為
解 説
〈事実の概要〉
本件は、定年前の賃金と比較して大幅な賃金切り下げを伴う定年後再雇用のY社(被告・被控訴人)によるX(原告、控訴人に対する)に対する提案・申し出が不法行為を構成するか否かが争われた事例である。
Yは、水産物や惣菜の加工・販売等を行う会社(平成26年9月で従業員数230人、事業所数180箇所)であり、Xは、Yを定年退職後、Yが設けた継続雇用制度(高年齢者雇用安定法、高年法9条1項2号)に基づき定年後の再雇用を希望した。Xの定年前賃金(通勤手当を除く)は、月額33万5000円(控訴審の補正で、33万5500円)であった。これに対して、Yが提案したのは、フルタイムではなく、週3日、実働6時間のパートタイマーであり、時間給900円(社会保険については、雇用保険のみをつける場合、付けない場合、各種社会保険に加入するもの等、複数あり)というものであった。なお、控訴審の事実認定では、Xの定年退職後にYに再雇用された従業員は4名いるが、いずれもフルタイムでの再雇用であった。Xは、フルタイムでの勤務を希望していたため、上記の条件では再雇用に応じられないとして、本件訴訟に及んだ。本件の争点は、@Xに労働契約上の地位が認められるか(主位的請求)、AYが不法行為責任を負うか(予備的請求)、である。Aに関連して、Xは、労働契約法20条違反も主張している。これに対して、原審(福岡地小倉支判平成28・10・27)は、Xの請求をすべて棄却したため、Xが控訴していた。
〈判決の要旨〉
@につき、裁判所は、Yが提示した再雇用の労働条件をXが応諾していないから、XとYとの間には、具体的な労働条件を内容とする定年後の労働契約について、明示的な合意が成立したものとは認められないとして、Xの主位的請求を否定した上で、Aについて次のように判断している。まず、Xの労働契約法20条違反の主張について次のように判示する。すなわち、Xは、定年退職後、Yと再雇用契約を締結したわけではないので、本条を直接的には適用できない、また、パートタイム従業員とそれ以外の従業員との間で、契約期間の定めの有無が原因となって構造的に賃金に相違が生じる賃金体系とはなっていない、として本件Yの提案が労働契約法20条に違反するとはいえない、と。
問題はAの点であるが、裁判所は、高年法9条1項2号の雇用継続制度において、当該定年の前後における労働条件の継続性・連続性が前提となっている、また、労働契約法20条の趣旨からしても、再雇用を機に有期労働契約に転換した場合に、再雇用後の労働条件と定年退職前の労働条件との間に不合理な相違が生じることは許されない等と述べて、例外的に、定年退職前の労働条件との継続性・連続性に欠ける労働条件の提示が継続雇用制度のもとで許容されるためには、その提示を正当化する合理的な理由の存在が必要である、としている。
そして、本件労働条件の提示の内容を具体的に検討し、賃金についてみると、Xの定年前の月額賃金(33万5500円)を時給に換算すると1944円になり、本件提案における時給900円は、その半額にも満たないだけではなく、月額賃金にすると8万6400円(1ヵ月の就労を16日とした場合)となり、定年退職前の労働条件との継続性・連続性を一定程度確保するものとは到底いえない、また、月収ベースの賃金の約75%減少を正当化する合理的理由はないと結論づけている。そして、損害として、Xの主張していた逸失利益(Xは定年退職前賃金の8割を主張していた)については、上記の不法行為との相当因果関係は認められないとして否定するとともに、100万円の慰謝料を認定している(本件についてのXの上告申し立ては、平成30年3月1日、最高裁第1小法廷で不受理とされ、確定している)。
実務的に注目すべき事例である。
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