1160号 「ハンターダグラスジャパン事件」
(東京地裁 平成30年6月8日 判決)
配置転換によって東京の自宅から3時間程かかって通勤している労働者に対する
転居命令の適法性が争われた事例
転居命令の不遵守と解雇
解 説
〈事実の概要〉
本件は、外資系企業(本社はオランダにある、建材・インテリアブラインド等の製造販売を主たる事業)Y社(被告)に雇用されている従業員X(原告)が、転居命令を受け、それを拒否したことを理由に解雇され、その違法性を争ったものである。その背景として次のような事情があった。Y社の4つの事業部のうち、業績不振であったAP事業部からの撤退、浜松町事務所の閉鎖に伴い、Xが従来の事業部から茨城工場への配転を命じられそこに赴任したが、Xはその配転後も東京の自宅から3時間程かかって通勤していた。その通勤は、Xの健康や安全管理の観点から問題があるとしてY社が転居命令(社宅は付与される)を出したが、それが拒否されたためY社がXを解雇し、その解雇の違法性が争われることになった(他に未払い通勤費の支払い、不当解雇に対する慰謝料等の支払いも問題となっているが、紙数の都合で省略)。
東京の自宅には、共働きの妻と中学生の子がいた。上記の通勤のためXは、朝5時過ぎに家を出て、帰りは午後5時30分ころ工場付近の駅を出て、8時30分ころ帰宅していた。上記の通勤に際して、Xは、茨城工場で腰痛で休んだことを除いて、長距離通勤や身体的な疲労を理由に仕事の軽減や業務の交替を申し出たことはなかった。また、平成27年12月18日、交通事故に遭い(Xの過失はゼロ)、約4ヵ月休職したが、その後、復職していた。業種によっては就業規則の中に、「従業員は、業務の都合により本人の意向をも考慮して、一定の地域または宿舎に居住を求めることができる」旨の居住指定に関する規定が置かれることもあるが、Y社の就業規則にはそのような規定はなかった。
〈判決の要旨〉
裁判所は、本件転居命令の有効性について、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有している」(憲法22条1項)ことを踏まえながら、またY社の配転に関する就業規則に基づき、次のように判示している。すなわち、Y社は、Xとの個別の合意なしに、Xの勤務場所を決定し、勤務先の変更に伴って、「居住地」の変更を命じて労務の提供を求める権限を有する、と。しかしながら、他方、「転居」は労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにおかないから、使用者の転勤命令権(転居命令権)は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することはできない、として一定の制約を課している。用いられているのは、最高裁の、配転に関する東亜ペイント事件の判旨(最判昭和61年7月14日)である。そして、Xが転居しなければ労働契約上の労務の提供ができなかった、あるいは提供した労務が不十分であったとはいえず、業務遂行の観点からみて、本件転居命令に企業の合理的運営に寄与する点があるとはいえない、また、単身赴任による負担と長時間通勤の負担を比較すると、一概に後者の負担が重いとも断じ難いとし、結論的には、本件転居命令は権利濫用として無効であるとし、本件転居命令に従わなかったことを理由とする解雇も無効である(労働契約法16条)と結論づけている。
この結論は、言うまでもなく妥当なものと思われるが、この判旨のように、転勤命令権と転居命令権を並べて用いることことに若干の違和感を持つ者は少なくないのではないだろうか。すなわち、使用者が一定の場合に(労働者の個別の合意なしに)転勤命令権を有することがあるとしても、それとパラレルに使用者に転居命令権があるといえるかどうかについては、別の考察が必要である。たしかに、業務の内容(人の命を預かる運転業務のような場合)、自宅および自宅からの通勤の可否を本人の自由意思にすべて任せることが難しい状況があることは否定できない。その点で、本件は使用者の「転居命令権」の有無・可否を問題にした興味深い事例である。
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