1197号 労働判例 「メトロコマ−ス事件」
              (最高裁第3小法廷 令和2年10月13日 判決)
退職金の相違について、旧労働契約法20条に違反しないとされた事例
退職金の相違と旧労働契約法20条

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、有期労働契約者と無期労働契約者との間の退職金の支給に係る相違(無期労働契約者に退職金を支給する一方で、有期労働契約者には退職金を支給しないという相違)が旧労働契約法(労契法)20条に違反しないか否かについて判断した最初の最高裁判決である。
 Xら(被上告人)は、Y社(上告人)の親会社東京メトロの駅構内の売店で販売業務に従事する契約社員(契約社員B)であり、期間1年の有期労働契約を更新して10年前後勤務し、定年制(65歳)を適用されて退職した者である。労契法20条に係る争点は、原審(東京高判平成31・2・20労経速報2373号3頁−労政ジャ−ナル1162号30頁)までは多岐に渡った(@本給、資格手当、A住宅手当、B賞与、C退職金、D褒賞、E早出残業手当)。この点、原審では、上記@Bの相違は不合理であるとは認められなかったが、ACDEの相違は不合理であると認められた(C退職金については、正社員と同一基準により算定した額の少なくとも4分の1すら一切支給しないのは不合理とされた)。これに対して、双方が上告申立ておよび上告受理申立てを行ったが、最高裁は、退職金の相違の不合理性を一部肯定した原審に対する上告のみを受理した上で(したがって、その他の争点については原判決が確定した)、退職金の相違について労契法20条の違反を否定した。なお、Yの従業員には、正社員、契約社員A(平成28年4月に職種限定社員と名称が変更され、無期労働契約とされ、退職金制度が設けられた)、契約社員Bの雇用形態の区分があり、Xらはいずれも契約社員Bとして雇用されていた者である。
 〈判決の要旨〉
 最高裁は、次のように判断している。
 1 退職金の性質・目的  Yにおける退職金の支給要件や支給内容に照らせば、上記退職金は職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、Yの正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することにしたものである。
 2 旧労契法20条の3要素(@職務の内容、A配置の変更の範囲、Bその他の事情)  Xらにより比較の対象とされた正社員とXらとの職務の内容をみると、両者の業務の内容はおおむね共通すものの、正社員は、販売員が固定されている売店において休暇や
欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代替業務を担当していたほか、複数の売店を総括し、売上げ向上のための指導、改善業務、トラブル処理、商品補充に関する業務を行ったのに対して、契約社員Bは売店業務に専従していたものであり、両者の職務の内容には一定の相違があった。また、売店業務に従事する正社員には、業務の必要により配置転換等を命じられる現実の可能性があり、正当な理由なくこれを拒否することはできなかったに対して、契約社員Bは業務の場所の変更を命ぜられることはあっても、業務の内容に変更はなく、配置転換等を命じられることはなかったのであり、両者の配置の変更の範囲にも一定の相違があった。さらにYには、試験による登用制度があり、この点はその他の事情として考慮するのが相当である。以上によれば、売店業務に従事する正社員に退職金を支給する一方で契約社員Bらに対して退職金を支給しないという相違は、労契法20条にいう不合理と認めるられるものには当たらない。
 なお、宇賀裁判官の反対意見は、次の通りである。退職金は継続的な勤務に対する功労報償という性質を含むものであり、契約社員Bらも、正社員と同様に特段の事情のない限り歳までの勤務が保障されていたこと等を勘案すれば、これらの性質は契約社員Bらにもあてはまる。その一方で、契約社員Bらと正社員との間には、職務の内容、配置の変更の範囲に相違があり、その点を踏まえると、契約社員Bらに、正社員と同一基準により算定した額の少なくとも4分の1に相当する額を超えて退職金を支給しなくても不合理であるとまでいえないので、原審の判断をあえて破棄するには及ばないのではないか、と。退職金が継続的な勤務に対する功労報償という性質を含むものであることからすれば、割合的認定を肯定する宇賀裁判官の反対意見の方が、妥当性は高いように思われる。

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