1198号 労働判例 「アクサ生命保険事件」
              (東京地方裁判所 令和2年6月10日 判決)
部下に対して帰宅後の遅い時間に頻繁に業務報告を求めた行為がパワ−ハラスメントに該当するとされた事例
戒告処分の適法性・安全配慮義務違反の有無

 解 説
 〈事実の概要〉

 本件は、Y社(アクサ生命保険株式会社、被告)でA1営業所の育成部長として勤務するX(原告)が、@部下に対して帰宅後の遅い時間に頻繁に業務報告を求めた行為が、その態様や頻度に照らして業務の適正な範囲を超えるパワ−ハラスメントに該当するとされ、懲戒戒告処分受けたことに対して、それを違法であるとして不法行為責任に基づく慰謝料を求めるとともに、AYによる長時間労働についてYが使用者として適切な対応を怠った等として使用者責任にないし安全配慮義務違反による債務不履行責任に基づく慰謝料等を求めたものである。育成部長の職務は、@新人の採用に関する業務、A育成社員の育成に関する業務、Bコンプライアンスの推進、Cその他営業部長の命じた業務等の基本業務を行うことであったが、Xは、平成27年1月からA1営業所の育成部長に昇進し、育成部長として育成社員12名(最多時)の育成に関する業務を担当していた。Hは、平成27年2月にYに入社し、A1営業所のB1分室で育成部長であるXから保険営業の指導を受けていたが、平成28年2月ころからYに出社しなくなり、同年7月にYを退職した。Hは、平成27年12月頃、Xによるパワ−ハラスメントに関する苦情申し出をした。Hは育児を理由にYにおいて午後4時までの短時間勤務を認められていた者であったが、その在職中、帰宅後の午後7時や午後8時を過ぎてから、遅いときには午後11時頃になってから、Xから電話等により業務報告を求められることが頻繁にあった。これに対して、Yは、複数回にわたって、HやXの事情聴取を行い、上記の行為は、その態様や頻度に照らして業務の適正な範囲を超えるパワ−ハラスメントに該当するとされ、懲戒戒告処分が妥当とされた。
 〈判決の要旨〉
1 懲戒処分について、裁判所は、次のように判示する。本件全証拠を精査しても、Yが必要かつ公平な調査を行わなかったことをうかがわせるような事情は見当らず、さらにYが、Xの自認するHに対する時間外の業務連絡があったことのみを対象とし戒告処分を選択したことが重きにすぎるともいえない。Yが懲戒権を濫用したことを裏付けるような客観的な事情は見当らない。したがって、Yによる本件懲戒処分は有効であるから、Xに対する不法行為の成立は認められない、と。
 本件では、G支社長によるXに対するパワ−ハラスメントの有無も問題になっていたが、Gの支社長の対応はパワ−ハラスメントと評価することはできないとされた。他方で、YがXの長時間労働を是正しなかったことについては次のように判示されている。Yが組合との間で時間外労働・休日労働に関する協定を締結したのは平成30年5月18日であるが、Yは、遅くとも平成29年3月から5月頃までには、36協定を締結することもなく、Xを時間外労働に従事させていたのであり、Xの、週40時間を超える長時間労働を放置したという安全配慮義務違反が認められる、としている。Xが長時間労働により心身の不調を来したことについて、裁判所は、認めていないが、Yが1年以上にわたって、ひと月あたり30時間ないし50時間以上に及ぶ心身の不調を来す可能性があるような時間外労働にXを従事させたことについては、Xには慰謝料相当額の損害賠償請求が認められるべきであるとして、10万円の慰謝料を認めている。具体的疾病の発症には至らないものの、月に平均で90時間以上の長時間労働に従事させたとして慰謝料相当額の損害賠償請求(30万円)が認められている事例としては、狩野ジャパン事件(長崎地裁大村支部令和元年9月26日、労働経済判例速報2402号3頁)がある。この点は、最近の1つの特徴になりつつある。

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