1208号 労働判例 「北九州市事件」
              (福岡高等裁判所 令和2年9月17日 判決)
バス運転手の待機時間のうち1割は労働時間に当たるとした原判決を取り消し、原告の請求が棄却された事例
バス運転手の待機時間の労働時間性

 解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、北九州市(Y、被告)に嘱託乗務員として雇用され、その運営する市営バスの運転手であったXら(原告)が、未払い賃金の他、時間外割増賃金を含む未払い賃金等を請求するものである。問題になったのは、バス運転手の待機時間が労基法上の労働時間といえるか否かであった。なお、労基法上の労働時間の判断については、最高裁の判例があり(三菱重工長崎造船所事件、最1小判平成12・3・9民集54巻3号801頁、大星ビル管理事件、最1小判平成14・2・28民集56巻2号361頁)、とくに後者は、労働からの解放がない等、客観的に使用者の指揮命令下に置かれていたと評価できる場合には、労基法上の労働時間であるとしている。
 ところで、Y交通局の嘱託乗務員就業規則によれば、嘱託乗務員の勤務時間は、休憩時間を除き、4週間を平均して1週間に30時間とし、始業時刻、終業時刻および休憩時刻は所属長が別に定めると規定されていた。また、交通局においては、1日の勤務番のうちバスが1つの系統の路線に到着した後、次の系統の路線の始点から出発するまでの間に待機する場所(「転回場所」という)ごとに、その待機の時間を「調整時間」として設定した上(調整時間のない転回場所も存在する)、調整時間のうち乗務員が遺留品の確認、車内清掃、車両の移動等に要する時間を「転回時間」として定め、調整時間のうち転回時間を除いた時間を「待機時間」と指称していた。Xらは、待機時間中、Yから、バス内の乗客の遺留品の有無の確認、車両の移動、接客(両替、案内等)、車内清掃の各業務に従事することを指示され、労働からの解放が保障されておらず、使用者の指揮命令下に置かれていたといえるから、待機時間は手待時間であって労基法上の労働時間に当たる等と主張していた。この点、原審は、待機時間一般について、Yの指揮命令下に置かれていたとは評価できないから、本件請求期間中の待機時間(その間に実作業が生じた場合における当該作業に要した時間を除く)が一般に労基法上の労働時間に当たるとは認められないとしながらも、乗務員がその前後の労働から解放されていたとはいいがたく、各待機場所の性質および待機時間の長さに鑑みて、本件請求期間中の各自の待機時間の1割相当は、労基法上の労働時間に当たると認めるのが相当としていた(Yは、待機時間についてはその時間に応じて1時間当たり140円を待機加算として支払っていた)。これに対してYが控訴。Xも附帯控訴。
 〈判決の要旨〉
 控訴審は、Xらが、本件請求期間中の本件待機時間にYの指揮命令下に置かれたものと評価することができる行為をしたことについて個別具体的な主張立証がないから、本件待機時間に労基法上の労働時間に当たるものがあると認めることはできない、本件請求期間中、乗務員が本件待機時間について、Yの指揮命令下に置かれていたと認めることはできないとして、Xらの請求をすべて棄却した。
 労基法上の労働時間に当たるか否かについては、客観的に使用者の指揮命令下に置かれていたか否かで(オ−ル・オア・ナッシングで)判断することになっている。本件控訴審では請求期間中の本件待機時間にYの指揮命令下に置かれたものと評価することができる行為をしたことについて、労働者側からの個別具体的な主張立証がないとして、その請求をすべて棄却した。訴訟上の主張立証に結論を委ねるというのも、一つの考え方である。

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