850号 労働判例 「A保険会社上司業務指導メール事件」
               (東京高裁 平成17年4月20日 判決)
上司による業務指導メールと表現の相当性
  解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、Xの上司が送った業務指導メールの表現が相当性を欠き、不法行為に当たるか否かが争われた事例である。
 Xは、昭和50年4月、訴外A保険会社に総合職として入社し、平成10年7月から、同人の希望によりエリア総合職に転換し、同社の損害サービス部の中央サービスセンター(以下では、「SC」という)において課長代理として勤務している。総合職およびエリア総合職は、他の社員区分と比較すると高度かつ広範な知識・経験に基づき職務を創造的・効果的に遂行することが求められるが、エリア総合職の場合、総合職とは異なり、転居を伴う異動はないが、本人の同意に基づき地域を限定した転居転勤が求められることはある。Xが所属するSCのユニットは、保険支払事務を担当していた。その事務には、賠償保険と傷害保険の2つがあり、賠償保険は、被害者との折衝、損害の認定等があるので、傷害保険に比べて困難が伴い、難易度も高いが、Xは、本件SCにおいて難易度の低い傷害保険だけの担当となり、不満を抱いていた。ちなみに、Xの平成13年度および14年度の総合考課・年間考課(賞与)は、ともにC(7段階評価の下から2番目)であった。 Xは、かねてから担当案件の処理状況において芳しい成果を挙げられずにいたところ、平成14年12月10日、当月の処理件数が1件であったことから、ユニット・リーダーのDから「もっと出力を」「Xは全くの出力不足」である等のメールを受け取っていた(以下、「Dメール」という)。
 このDメールを見て、Y(同SCの所長、被告・被控訴人)は、「1.意欲がない、やる気がないなら、会社をやめるべきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で事務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら事務職でも数倍の業績を挙げますよ。本日現在、搭傷10件処理。Cさんは17件。業務審査といい、これ以上、当SCに迷惑をかけないで下さい。2.・・・・3.本日、半休を取ることを何故ユニット全員に事前に伝えないのですか。必ず伝えるように言ったはずですよ。我々の仕事は、チームで回っているんですよ。」旨のメールをX、Dおよび同じユニットの従業員10数名に送信した(なお、この部分は、赤文字で、ポイントの大きな文字であった)。Yがこのメールを送信したのは、Xに業務に対する熱意が感じられず、エリア総合職の課長代理という立場であるにもかかわらず、実績を挙げないことが、他の従業員の不満の原因になっていることを考え、Xへの指導を行うとともに、Dメールの内容を支持することを表明する必要があると判断したからである。
 これに対して、Xは、上記Yの送付したメールは、Xの名誉を毀損するものであり、また、部下の人格を傷つけるもので、Xの名誉感情を害する、いわゆるパワーハラスメントとして違法であるとして、Y個人に対して100万円の損害賠償を請求した。
 〈判決の要旨〉
第1審は、本件メールは、上司の叱責として相当強度のもので、これを受ける者としては相当のストレスを感じるものであると認めながらも、この表現だけから直ちに本件メールが業務指導の範囲を逸脱してもので、違法であるとするのは無理であるとして請求を棄却した(課長代理であるXに、業務成績の低下防止のため奮起を促す目的で本件メールを送付したことは十分首肯できる、ともう述べる)。
 これに対して、控訴審では、逆に、退職勧告とも会社にとって不必要な人間であると受け取られるおそれのある表現が盛り込まれていること、人の気持ちを逆撫でする侮辱的言辞と受けとられても仕方がない記載などとあいまって、Xの名誉感情をいたずらに毀損するものであることは明らかであるとして不法行為を構成するとして5万円の損害賠償を認容している。なお、本件メールが表現方法に不適切であり、Xの名誉を毀損するものであったとしても、Yにパワーハラスメントの意図があったとまでは認められないとして、この部分のXの主張は斥けている。社内通信等の手段としてメール利用が一般的になっている今日にあって、メール送信者に慎重な配慮を要請する興味深い事例である。

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