888号 労働判例 「都市開発エキスパート事件」
              (横浜地裁 平成19年9月27日 判決)
賃金引下を許容した労働協約の一般的拘束力が、他の会社に出向していた非組合員労働者に認められた事例
労働協約の一般的拘束力による非組合員の賃金引下の可否
  解 説

 〈事実の概要〉
 本件は、定年退職した労働者(原告X)が、会社(被告Y)による賃金減額が無効であるとして、主張にかかる本来の賃金額との差額を請求した事例である。
 Y会社は、平成13年6月に、主に都市整備公団から工事管理業務を請負う会社である都市開発技術サービス(以下では、「TGS」という)の子会社として設立された株式会社であり、土木・造園工事等の設計・施工等を業としている。Xは、昭和58年5月に、TGSとの間で雇用契約を締結し、平成13年7月1日付けで、Y会社に転籍し、Y会社との間で雇用契約を締結し、株式会社URリンケージ(TGSが、都市整備公団の関連会社である3社と合併して設立された会社)に出向し、その事務所(当初は成瀬事務所、さらに黒川事務所)で就労していた。なお、TGS(その後、URリンケージ)は、被告Y会社との間で出向に関する協定を締結し、出向者の給与・賞与は、Y会社の基準に基づきY会社から直接支給される、TGSはY会社に出向負担金を支払う等定めていた。
 Y会社は、東京都中央区に本社を置き、他に支店、営業所等はない。Yの4名の役員、46名の従業員のうち、Yの本社に勤務しているのは4名のみで、残りの従業員はURリンケージに出向している。
 Xの転籍後の賃金は、当初、年額819万6000円(月額68万3000円)であったが、Xら転籍従業員は、平成14年2月27日、TGS本社に集められ、E専務から同年4月1日から、当時の年収から10%切り下げる旨通告されたが、結局、平成14年4月1日に9%削減されて年額746万4000円となり、平成15年4月1日には5%削減されて年額709万円となった。こうした賃金の切り下げを受けて、転籍従業員は、労働組合を結成し、同時期にY会社に転籍した従業員のうち、Xを除く8名はその組合の役員になっている(Xは、加入しなかった)。Y会社は、上記組合との間で労働協約を締結し、平成16年度は現行賃金とする、満60才以降は転籍時年収の50%とする等と定めた。なお、Xは、未払いの割増賃金の請求については、監督署からのアドバイスを受けて、引下げ後の賃金で割増賃金を計算して、支払いを受けている。
 Xは、平成18年7月3日、Y会社を定年退職したが、本件賃金引下げを無効であるとして、本件賃金引下げ後の賃金と引下げ前の賃金との差額を請求した。Y会社は、組合に加入していないXにも上記協約の拡張適用(労組法17条)によりその効力が及ぶと主張した。
 〈判決の要旨〉
 判旨は、その条項の解釈から協約は被告Y会社と組合の双方を法的(規範的に)に拘束する有効なものであり、協約の適用範囲については、転籍従業員のみを対象としたものであるとしたうえで、労組法17条の拡張適用が行われるべき「一の工場事業場」について次のように判示する。すなわち、Yは、Xを含めた大半の従業員をTGSに出向させ、TGSの業務を行わせ、他方で、TGSから出向負担金を受領していたが、Yのこのような業務は、「相関連する組織の下に業として継続的に行われる作業の一体であって、事業として取り扱われるべきである」、そしてその事業は、Y本社で統括していたものであるから、協約で定められた転籍従業員の賃金が問題となる本件に於いては、Xが所属する「一の工場事業場」は、Y本社に他ならないと認定している(他方で、Xが就労していた成瀬事務所、さらに黒川事務所にはYの従業員は2名しか存在せず、これら事務所は、Yの事業場といえる程の独立性を有していないとされた)。
 なお、協約を非組合員に拡張適用してその労働条件を引き下げるについて、最高裁第3小法廷平成8年3月26日判決(民集50巻4号1008頁)を引用して、非組合員に拡張適用することが著しく不合理であるような特段の事情があるかどうかを検討し、そのような特段の事情は本件には存在しないとして請求を棄却している。

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