899号 労働判例 「国・中労委(根岸病院)事件」
             (東京高裁 平成19年7月31日 判決)
非組合員の労働条件たる初任給引下げに関わる使用者の団体交渉拒否が不当労働行為とされた事例
非組合員の労働条件(初任給引下)と義務的団交

  解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、非組合員の労働条件である初任給引下げに関して使用者が組合からの団体交渉要求を拒否したことが不当労働行為に当たるかどうかが争われたものである。
 平成11年4月21日、X組合は、東京地労委(現在は、東京都労委)に対して、@N病院が、事前に協議することなく、新規採用者の初任給を引き下げたこと、A初任給の一方的引下げおよび引下げに関する病院の団交における態度は不誠実なものであり、団交拒否の不当労働行為(労組法7条2号)に当たる等として、救済申立を行ったところ、東京都労委は、平成15年7月15日付けで、N病院の行為は団交拒否および支配介入に当たるとして、@初任給の引下げについて誠実に団交に応じること、A平成11年3月1日以降に新規採用された組合員の初任給額の是正、B謝罪文の掲示、を命じた(全部救済)。これに対して、N病院が中労委に再審査申立を行ったところ、中労委は、平成17年10月5日付けで、初任給の引下げは支配介入に当たるとはいえないとしつつも、初審命令@を維持し、また、AおよびBのうち、不誠実団交に関する謝罪文の掲示に関する命令を取り消すなど、初審命令を一部変更した(「本件命令」)。
 そこで、N病院は、本件命令のうち、N病院に誠実団交応諾および謝罪文掲示を命じた部分の再審査申立を棄却した部分の取消を求め(甲事件)、また、X組合は、本件命令のうち、平成11年3月1日以降に新規採用された組合員の初任給額の是正を命じると申立を棄却した部分および謝罪文の内容を変更した部分の取消を求めた(乙事件)。
 東京地裁は、@につき、「非組合員に関する事項については、それが当該労働組合やその構成員である組合員の労働条件に直接関連するなど特段の事情がない限り、原則として義務的団交事項には当たら」ない、毎年新規採用された者の相当数が組合に加入している等の事実をもって、それが組合員の労働条件に直接関連すると認定することは困難であるとしていた。
 そこで、一審の被告である国およびX組合が控訴していた。
 〈判決の要旨〉
 本件では、いくつかの論点が問題になっているが、表題に掲げた点について、裁判所の判断を見てみたい。
 判旨は、次のように述べる。労組法7条2は、使用者がその雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なく拒むことを不当労働行為として禁止しているが、これは、使用者に労働者の代表者との交渉を義務づけることにより、労働条件等の問題について労働者の団結力を背景とした交渉力を強化し、労使対等の立場で行う自主的交渉を促進し、もって労働者の団体交渉権(憲法28条)を実質的に保障しようとするものである。このような本条2号の趣旨に照らすと、誠実な交渉が義務づけられる対象、すなわち義務的団交事項とは、団体交渉を申し入れた労働組合の構成員たる労働者の労働条件その他の待遇、当該団体と使用者との間の団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なものをいう。
 非組合員である労働者の労働条件に関する問題は、当然には上記の団交事項にあたるものではないが、それが将来にわたり組合員の労働条件、権利等に影響を及ぼす可能性が大きく、組合員の労働条件との関わりが強い事項(例えば初任給引下)については、これも右団交事項にあたる、と。そして、本件の初任給の引下げは、N病院における賃金決定の仕組みから考えると、辞職中の組合員(の労働条件)を抑制する有形無形の影響を及ぼす事項であり、義務的団交事項に当たると結論づけている。
 このように、東京地裁(原審)の判断とは異なり、非組合員である労働者の労働条件であっても義務的団交事項とされる場合について、具体的に例示した点は、労使関係で重要な意味を持つと思われる。

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