902号 「松下プラズマディスプレイ事件」
(大阪高裁 平成20年4月25日 判決)(最高裁判決は932号)
偽装請負関係にあった労務提供先会社と労働者との間で黙示の労働契約が成立していたとされた事例
偽装請負関係と黙示の労働契約
解 説
〈事実の概要〉
本件は、偽装請負関係にあった労務提供先会社と労務を提供していた労働者との間で黙示の労働契約成立が認められたとして社会的にも大きな関心を集めた事例である。Y(松下プラズマディスプレイ、被告・被控訴人)は、プラズマディスプレイ(PDP)を製造している会社であるが、訴外PとPDPの製造業務につき業務委託契約を締結していた。X(原告・控訴人)は、平成16年1月20日、訴外Kとの間で雇用契約を締結し、本件Yの工場でPDP生産に関わる封着工程に従事していた。給与等は訴外Pから支払われていたが、作業に当たっては、Yの従業員から直接指示を受けていた(訴外Kの従業員は、作業上の指示は行っていない)。
Xは、上記のような就労状態は労働者派遣法等に違反しているとして、Yに対して直接雇用を申し出るとともに、平成17年5月26日、大阪労働局に、本件工場における就労実態について、職安法44条(労働者供給事業の禁止)、労働者派遣法に違反する旨申し出た。その後、Yは、大阪労働局からの指導を受け、デバイス部門(封着工程を含む)における雇用契約を訴外Kとの労働者派遣契約に切り替えたが、Yとの直接雇用を望むXは、平成17年7月20日、訴外Pを退職した。その後、XとYは、平成17年8月2日、従前と異なるリペア作業・準備作業を業務内容とし、契約期間を平成17年8月から平成18年1月31日までと定める雇用契約を締結したが、Yは、同年12月28日、Xとの雇用契約は平成18年1月31日をもって終了する旨通告し、同日の満了後はXの就労を拒否した。 これについて、Xは、上記の契約書作成以前からYとの間で黙示の雇用契約が成立していた等として雇用契約上の地位確認、賃金の支払い等を求めて訴えを提起した。第1審(大阪地判平成19・4・25労判941号5頁)は、XとYとの間には賃金支払いの関係がない等としてXY間の黙示の雇用契約の成立を否定し、Xの主張を斥けた。これに対してXが控訴していた。
〈判決の要旨〉
裁判所は、次のように判示して、Xの主張をほぼ認容した。すなわち、Y・訴外P間の契約は、PがYのために労働に従事させる労働者供給契約というべきであり、X・訴外P間の契約は、上記目的達成のための契約と認めることができる。仮に、前者を労働者派遣契約、後者を派遣労働契約と見得るとしても、各契約がなされてXが、PDPの製造業務へ派遣され日である平成16年1月20日時点においては、・・・・・・各契約はそもそも同法に適合した労働者派遣足り得ないものである。そうとすると、いずれにしろ、脱法的な労働者供給契約として、職業安定法44条および中間搾取を禁じた労働基準法6条に違反し、強度の違法性を有し、公の秩序に反するものとして民法90条により無効というべきである、と。他方、労働契約も黙示の契約によっても成立するが、「黙示の契約によって労働契約が成立したかどうかは、当該労務供給形態の具体的実態により両者間に事実上の使用従属関係、労務提供関係、賃金支払関係があるかどうか、この関係から両者間に客観的に推認される黙示の意思の合致があるかどうかによって判断するのが相当である」として、@Xは、本件工場でPDP生産に関わる封着工程の業務に労務を提供し、Yはこれを受けてその従業員を通じてXに作業の指揮命令、監督を行っていたのでありその間に事実上の使用従属関係があった、A訴外PがXに支払っていた金員については、YがXの給与等の名目で受領する金員の額を実質的に決定する立場にあったのであり、そうすると、XY間の上記実態関係を基礎づけるのは、「両者の使用従属関係、賃金支払関係、労務提供関係等の関係から、客観的に推認されるX・Y間の労働契約のほかなく、両者の間には黙示の労働契約の成立が認められるというべきである」と結論づけた。従来の判例とは異なり、職安法違反、派遣法違反を黙示の労働契約の成立認定の重要な契機としている点については、今後議論を呼ぶであろうと思われる。
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