909号 「中央建設国民健康保険組合事件」
       (東京高裁 平成20年4月23日 判決)
労働協約による労働条件の不利益変更(退職金の引下げ)につき規範的効力があるとされた事例

労働協約による労働条件(退職金)の不利益変更
  解 説
 〈事実の概要〉
 本件は、労働協約の不利益変更(退職金の引下げ)について規範的効力が認められるかどうかが争われた事例である。
 X(原告、被控訴人)は、Y(国民健康保険業務を扱う組合)において35年11か月にわたって就労した後、平成18年12月に定年退職した労働者であるが、Yにおける退職金制度を定めた職員給与規程では、退職金は「退職の日の基準内賃金」に「勤続年数」と「勤続年数に応じた指数」を乗じて得た金額を支給すると定められていた。この退職金指数は、退職金支給細則に定められていたが、平成17年7月、YとYの職員組合であるZ組合との間で締結された労働協約により改定された。XもZ組合の組合員であったが、この改定により従前は「100分の211」であった指数の上限が「100分の181」に引き下げられ、退職金計算上は勤続年数につき35年を上限とすることとされた。その結果、Xの退職金は、激変緩和措置を含めて、3784万6612円から3246万5574円になり、Xの退職金減額は、538万1034円(減額率14・2%)となった。 本件労働協約の改定に当たって、Z組合は、3度の職場集会を開き(Xも出席)、また、さらに臨時大会を開催して退職金の改定案の了承を提案して、可決されている。その後、平成17年7月19日には、やはり臨時大会で「退職金指数の改定に関する合意書」と題する協約につき、承認されている(49人中47人の賛成、Xを含む2名が反対)。  本件は、Xが、上記協約による退職金改定を無効として、従来の規程に基づく退職金額との差額(538万余)を請求したものである。
 原審(東京地判平成19・10・5労判950号19頁)は、「労働組合が労働者である組合員の利益を代表して協約の締結をする権限を有し、原則的には組合員はこれに服するべきであるとしても、組合による個々の協約事項に関する締結権限が組合員の民主的な多数意思による採決によって授権されているものであることからすると、一部の組合員に不利益が及ぶ場合などには一定の内在的制約が存在する」、その制約の要件としては、@協約締結の経緯、A会社(使用者)の経営状況、B協約基準の全体の合理性に照らして、「特定または一部の組合員をことさら不利益に取り扱うことなどを目的とするなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものかどうかという観点から吟味されるべき」であるとした上で、本件のXの退職金減額については、Xの退職金を受ける権利を著しく損なうものであり、少なくともXとの関係では拘束力を有しないとして、Xの請求を認容した。
 これに対してYが控訴。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、「労働協約が特定の又は一部の組合員の労働条件を不利益に変更するものであっても、直ちにその規範的効力を否定することはできない」とした上で、「殊更にこれらの特定の又は一部の組合員を不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものと認められる場合にはじめてその規範的効力が否定される」とし、労働組合の目的を逸脱して締結されたものかどうかの判断基準として、原審と同様に、@協約締結の経緯、A会社(使用者)の経営状況、B協約基準の全体の合理性を考慮するのが相当であるとする(最1小判平成9・3・27集民182号673頁引用)。ただ、原審とは異なり、@については、Xも議論の過程で意見を述べる機会が与えられていたから、Z組合の意思決定過程の公正さには疑いはない、Aについては、国の補助・負担金の削減と保険給付等の増加により、赤字財政が続いており、Yは経費削減の検討が不可避の状態にあった、BについてもXの退職金支給月数の削減幅は相対的に小さく、また減額後も東京都や国の公務員の水準を上回り、かつ母体組織のK総連と同水準になったにすぎないとし、労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえないと結論づけた。しかし、その額は538万余とかなり大きなものであり、1年数か月後に退職するXにとっては定期昇給等によっては回復しがたいものである。組合自治の限界が問題になる微妙なケースであったといえる。

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