929号 労働判例 「協愛事件」
             (大阪地裁 平成21年3月19日 判決)(高裁判決は958号
退職金規定変更について同意があった場合でも不利益変更が無効として認められなかった事例
退職金規定変更による退職金不支給の可否
  解 説
 〈事実の概要〉
 被告会社(Y社)は、タレントのマネージメント、ラジオ・テレビ番組の企画構成制作等を業とする会社であるが、本件は、Y社に30年勤続した後、平成19年8月末に自己都合退職した原告Xが、従前の退職金規定に基づいて、退職金1473万円の支払いを求めていたものである。本件の大きな特徴は、Y社の退職金規定がXの退職前に変更され、Xもそれに同意していたとみられることである。
 Y社における退職金制度は、平成6年の規定によれば、「勤続15年以上の者」「会社の都合により解雇した者」等につき、「算定基礎月額(退職前12か月間における基本給〔基礎額、年齢給、勤続給、職能給〕の合計金額の1か月平均額)に勤続年数を乗じて算定」した額を、退職の日から原則として1週間以内に支給することになっていたが、(1) 平成7年の補足事項によって、平成6年の規定の「算定基礎月額」は「基本給」の3分の2とされ、さらに、(2)平成10年の就業規則の変更によって、自己都合退職の場合の退 職金は、「勤続20年以上の者」に支給するとされ、算定基礎月額が、退職前月の基本給月額(基礎給〔10万円として計算される〕+職能給)に変更されるとともに、総合職の場合、これに勤続年数を乗じて算定した額の50%とされた。なお(3)平成15年の就 業規則の変更によって、自己都合退職の場合の退職金は、不支給とされるに至っている。  平成7年の補足事項は、平成6年の就業規則規定に続けて、同じ頁に追加した形で記載され、その表紙にはXを含むY社の従業員による押印がされていた。平成10年の就業規則についても、「前記の就業規則(平成10年6月1日施行分)を閲覧し、同意致します」と不動文字で記載され、これに続けてXを含むY社の従業員による署名押印がされ、平成15年の就業規則の末尾にも「就業規則の内容を確認し、内容に同意します。」と手書きで記載され、社員代表2名の署名押印がされていた。本件で争われたのは、上記の(1) ないし(3)の就業規則変更の効力であるが、Y社は、(1)ないし(3)のいずれについてもX は変更に同意していた(Xは、平成13年以降、Y社の九州支社長兼営業部長として給与制度の見直し、退職金制度の廃止の実施に関与している)と主張し、(3)についてのみ、 仮に同意していなかったとしても、平成15年の就業規則の変更による退職金制度の廃止は、高度の必要性に基づく合理的な内容のものであると主張した。これに対して、Xは、(1)ないし(3)のいずれについても同意しておらず、またいずれの変更も無効であって、(3)についても退職金制度廃止の必要性はなく、変更内容は合理的なものでないから効力は ないと主張した。
 〈判決の要旨〉
 裁判所は、Xの平成7年の補足事項に関わる押印について、「その内容を了承したとの趣旨で押印されたものと推認することができる」とした上で、労基法93条(現行の労働契約法12条)の定める就業規則の直律的効力からして、「就業規則に定められた労働条件の基準より不利益な労働条件については、労働協約を締結するか又は就業規則を変更しない限り、個々の労働者がその労働条件を内容とする労働契約を締結した場合においても、その不利益部分において無効であり、就業規則に定める基準によるものと解するのが相当である」と判示し、Xが、平成7年の補足事項が制定される前後においてそれに同意していたとしても、このことから直ちにXの退職金が同補足事項の内容に変更されるとは認められないとした。
 同様に、Xは、平成10年の就業規則についても、その内容に同意したとの趣旨で署名押印されたものと推認することができるとしながら、上記と同じ理由で、Xの退職金が平成10年の就業規則の内容に変更されるとは認められないとし、さらに、平成15年の就業規則の変更による退職金制度の廃止は、高度の必要性に基づく合理的な内容のものとは認められないとして、Xに1350万円の退職金を認容した。就業規則の「同意」による不利益変更につき、ある意味で大きな枠をはめる判旨が示されており、労働者の同意を得れば就業規則の不利益変更も可能であるとする労働契約法9条本文との関連で実務上考えさせる内容を含む事例である。

BACK